畏怖


汗と、血の匂いでむせかえる防空壕の中。
外では、空襲警報が狂ったように鳴り響き、B-29の襲撃を知らせている。
きっと、もうすぐ、ここにも、焼夷弾がまるで雨のように降り注がれるのだろう。
子供が泣き叫び、女達は小声でそれをたしなめ、男達は戦闘に備えている。

は、胸が苦しかった。耳を塞ぎたかった。
この空気にも、雰囲気にも、そして、この戦争にも。
それでも、このままじゃいけない、と、思いきって、突然立ち上がる。

不安気な顔たちがを見上げる。

――そうだ、…京介さんだって、空で立派に戦ってるんだから。
私も、ここで、しっかりしなくては。

「皆さん、気をしっかり持ちましょう。
兵部様達が、空で立派に戦って下さってます。
兵部様達が必ず助けて下さいますから、私達も負けないようにしなくては……!!」
は、兵部にお守りとして貰った、白いマフラーの切れ端を握りしめながら、人々に声を向けた。

「兵部…?あぁ、あの化け物だろ。」
ぼそっと、中年の男が吐き捨てるように言った。
「あいつらは特別だ。どうせ俺たちの事なんか考えちゃいないよ、所詮化け物だ。」

はかっと頭に血が昇る気がした。
「そんな…京介さんは、私達を守る為に…」
震えながら抗議するを見て、その男は冷ややかに笑った。
「あぁ、お前ら、恋仲だったよな。こんなご時世に、いい気なもんだ、非国民め。
その兵部って少佐ドノも、大した事無いんじゃないか?」
「!!!」
マフラーの切れ端を、更にぎゅっと握りながら、はその男に向かって行った。
「そんな、ヒドイ…!!」
の目に涙が溢れ、瞳が揺れる。
「兵部様に対して……そんなヒドイ事…言わないで下さい!」
「ふん、面と向かって言えるハズねぇさ。あいつらに聞かれたらおしまい、殺されちまう。」
「!!」
更に、男に向かって行こうとするを、なだめるようにして近所の女性が、の肩を掴む。
ちゃん、気持ちは分かるがね、私ら一般人には、勿論、兵隊さんも怖いが、それ以上に、あの人達は怖いんだよ。
分かっておくれ。」
「…おばさま…」

――皆、そんな風に感じてたんだ……
京介さんは、皆の為に戦ってくれてるのに…
…くやしぃ…


どーーーん……

轟音が走る。
どうやら、敵軍が上陸したらしい。

人々は声を殺し、頭を守るように抱えている。

どーん…
次の爆音で、防空壕の入り口が吹き飛ばされる。
「逃げろ!!ここはもうダメだ!!!」
にとっては聞きなれた、兵部の声が響く。
「早くしろ!!火が回るぞ!!!」
その声に弾かれるように、男たちが誘導を始め、中に居た全員が外に逃げ出す。

「京介さん、どうして…ここまで?」
が心配で…今回は、どうやらここが敵の目的だったらしいからな。
先回りしたんだ。良かった、火が回る前で。」

ゴーーーという、B-29の襲って来る、低い爆音が聞こえて来る。

「!!やつらだ!…、皆と一緒に避難しろ。」
兵部はの肩を掴み、住民の居る方へ促した。
「…必ず守る。」
ぽそっと聞こえない程の声で呟くと、兵部は空へと飛び立った。

向かい風になびく髪を手でかき上げながら、は空の兵部を心配そうに見上げた。

襲い来る戦闘機に突っ込んでいく兵部。
地上に居る人々に被弾させないよう、影響を与えないよう、なるべく遠くまで飛び、そして、B-29を破壊する。
燃えながら落ちていく敵軍を、少しほっとしながら眺め、達のいる場所まで戻った。

「京介さん!!良かった、無事で!」
兵部が降り立つと、は傍に駆け寄る。
も無事で良かった。それに、皆さんも…」
兵部は、無事な姿の住民を見やった。
は、複雑な想いで兵部と住民を眺めた。

――こんなに、京介さんは皆の為に、お国の為に頑張って戦ってるのに…
どうして…こんなに意識の違いがあるんだろう…どうして…


、ちょっとこっちにおいで。」
兵部が、住民達の避難を他の兵隊に任せ、近くの大木の陰にの手を引いて行く。
「?」
「顔が、煤で汚れてる。」
ふっと笑いながら、兵部は自分のポケットからハンケチを出し、の顔を拭いてやる。
恥ずかしさから、の頬が赤く染まる。

「ほら見て、。綺麗な夕焼けだよ。」
兵部の明るい声が、の顔を空に向けさせる。
「あの綺麗な空で戦闘があってるなんて信じられないがね…」
を自分の傍に引き寄せ、の頭に自分の頬を押し当てる。
「僕が絶対にを守るからね。も、負けちゃいけないよ。最後まで生き抜くんだ。」
「…うん。」

――そうだ、負けちゃいけないんだ。
しっかり生きなくちゃ。
京介さんと、一緒に――……

兵部の温かさに触れ、涙が溢れそうになるのをは必死に堪えた。
濡れた瞳には、夕陽があまりにも眩しかった。


おしまい。


戦争の悲惨さと、人間の信じる心、そして、恐怖心を書いたつもりです。
きちんと伝わるといいんだけど。。。☆

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