1ある日公園で


オレとが出会ったのは、
オレが鴨川ジムから川原ジムに移ってすぐの頃。
ロードワーク途中の公園で、だった。

その日は、息がまだ白く残る冬の終わりで、
こんな道を通る人はまばらだった。


ふと、自分の走っている傍の公園に、白く動く人が目に入った。
よく見ると、空手着の少女が、木に向かって突いたり蹴ったりしている。
周りには誰も居ないことから、一人で空手の練習をしているのだろう。

オレ以外にも、一人で闘ってるやつがいるんだな、と、
なんだか親近感みたいな変な気分を味わい、
オレはまた走り出した。


それから殆ど毎日、その少女を見かけた。
ある時はシャドーのようにひたすら見えない敵と闘って、
ある時は静かに決まったポーズを取る『型』をして。
ある日はジャージ姿で、ある日は空手着で。
空手着の時は、決まって裸足だった。
まだ肌寒い中、薄着で、裸足の少女。
オレが言うのもなんだが、根性があるな、と思った。

オレは、その子を眺めるのが日課になった。
なんだか、一緒に闘ってるような気分で。



ある日。
いつものように、ロードワークの途中で、
いつもの少女を見つけ、ふと足を止め眺めていた。

すると、いつもと違うことが起こった。

少女が、オレの方を見たのだ。

今までは、少し距離が離れている、ということもあって、
オレが彼女を見ているなんて気付かれなかったはずだが、
さすがに毎日見ていては、バレる、というものだろうか。

見ていた、ということが恥ずかしくて、
オレはぷい、と、走り出した。

すると、少女が慌てて近寄り、

「ちょ、ちょっと待って下さい!」

と、背後から声を掛けてきた。

その声で、足を止めるオレ。
ゆっくり振り返ると、
必死な目をした彼女の顔がすぐそこにある。
足元を見ると、裸足だ。
砂や土で汚れ、寒さの為、赤くなっている。
空手着は少しはだけ、胸元には無数の痣があった。
空手にもフルコンタクトがあるらしいから、きっとその所為だろう。
小柄で、わりと可愛い顔をした少女と、
その胸の痣、赤い足にギャップがある。

「あの・・・
 違ってたらすみません。
 もしかして・・・宮田一郎選手、ですか?」

その言葉に、オレは驚いた。
プロデビューして、まだ数戦しかしてねえ、ってのに。

「驚いたな、オレを知ってるのか・・・?」

オレの返答に、少女は微笑んだ。

「やっぱり!
 お会いできてとっても嬉しいです!
 私、宮田さんに憧れてるから・・・」

頬を染めてそう言う少女に、オレは少しだけドキリとする。

「あ、わ、私、って言います。
 あの・・宮田さんは、よく、ここを走ってますよね。
 ロードワークですか?
 宮田さんの華麗なステップやスピードは、
 こーゆー地道な練習が基になってるんですね!」

何かしゃべらなきゃ、といった感じで、
一気にまくしたてる
なんだか可笑しくなって、クスリ、と笑ってしまった。

「わぁ・・・」

が、感嘆の声を上げる。

「?」

「宮田さん、笑うとますますカッコイイですね。」

のオレを見る目が、アイドルを見るような目だ。
ぽわわん、としてる。

オレは気恥ずかしくなって、に背を向けて走り出した。
すると、後ろから、

「あのっ!また、お話してもいいですかっ?!」

と、の叫びにも似た声が聞こえた。
それに答えるように、オレは右手を軽く上げた。

「ありがとうございます!
 宮田さん、また今度!」

遠くなるの声。
オレはまた、一人でクスリ、と笑った。



それからは、たびたび、と話すようになった。
空手のこと、ボクシングのこと。
競技は違っても、同じ格闘技ということで、
女の子だけど割りと話が合って、正直楽しい、と思った。
学年も同じだから、学校のテストの話などもした。

鴨川ジムを出て、オレは好んで孤独になっていたから、
こんな話相手が出来たことは自分でも不思議だった。



ある日。
いつものように、ロード途中、を見つけ、話しかけた。
もうすぐ空手の大会があるらしく、少しナーバスになってるみたいだ。

「そーいや、はいつも一人だな。
 他の部員達と一緒に練習はしないのか?」

前から疑問に思ってたことをぶつけてみた。

「・・・女子部員は私しか居ないから、
 練習相手は男子部員になっちゃうんです。
 男子とも練習はするんですけど・・・力量が全然違って・・・
 それで、部活が終わって、ここで練習してるんです。」

オレは驚いた。
部活の後に、ここに来ていたとは。
しかも、男子相手に練習しているなんて。

はすげえな。」

「え!?
 ・・・私なんて、全然。
 凄いのは、宮田さんの方ですよ。」

「いや。
 オレたちの場合は、階級があるから、大体同じ位の体格の人間と闘うんだ。
 でも、は、いつも男子と闘ってるんだろ?
 オレからしたら、信じられないね。」

「そ、そうですか・・・?
 普段から男子と練習してるので、気にしたことなかったです。」

きょとん、とした顔で返す。

オレは、少し興味が湧いた。
と闘ったら、どうなるのか?

「なあ、ちょっと、やってみないか?」

「?
 何をです?」

「オレと、練習してみようぜ。」

は驚いた顔をして、

「む、む、無理ですよッ!!
 競技も違うし、宮田さん強いし・・・ッ」

両手を目の前でぶんぶんと振った。

「まぁそう言うなって。
 試しにやってみるだけだから。
 ほら。」

オレはラフに構えた。
すると、も顔つきが変わり、ゆっくりと構えを取った。

「撃つぜ?」

ゆるくジャブを出すと、は綺麗に避ける。
何度かそれを繰り返すと、今度は、
オレの左をの左手が跳ね除け、体ごとオレの懐に入り、
の右手がオレのひぞおちを狙う。
オレは避けるようにバックステップし、体勢を整えた。
瞬間。
ビュッ、と、風切り音を立てて、
の右足による回し蹴りがオレの左テンプルを捉えた。

ガシッ

鈍い音を立てて、オレの頭が右に飛ぶ。
蹴られた頭が、ぐわんぐわん、と鳴り、少し眩暈がした。

「きゃああっ!!」

が慌ててオレの傍へ駆け寄る。

「ごっ、ごめんなさい宮田さん!!
 だ、大丈夫ですかっ?!!」

恐る恐るオレの顔を覗き見る
正直、油断していた。
死角から来る回し蹴りに反応するのが遅くなっちまった。
自分の甘さに反吐が出るぜ。

「悪い。
 全然練習にならなかったな?」

オレは自嘲気味に笑った。

「そ、そんなこと・・・
 宮田さん、私が撃ちやすいようにリードしてくれて・・・
 やりやすかったです。ありがとうございます。」


ぺこぺことお辞儀を繰り返すを残し、
オレはロードワークへと戻った。
まさか、翌日にあんなことになるとは知らずに・・・



翌日。
いつものロード途中にの姿は無かった。
・・・なにかあったのだろうか?
少し心配になったものの、まだ部活中かもしれない、などと考え、
あとは普段通りにロードワークをこなし、川原ジムへと戻った。


中に入ると、父さんが、

「一郎、お前にお客さんだ。」

と言う。

「・・・客?」

「可愛い女の子だぞ。」

「・・・ファンの子なら、すぐに追い返せって言ってるだろ?
 父さんも分かってるはずじゃ・・・」

「いや、ファンの子というか・・・
 ちょっと違ったもんでな。
 そっちの、客室に通してあるぞ。」

そんなやり取りをしつつ、父さんと一緒に客室に行くと・・・


「・・・?!」

そう、中には、がそわそわした表情で立っていた。
いつも見る空手着やジャージ姿とは違い、今日は制服だ。
なんだか新鮮な気分になる。

「あっ、あのっ!宮田さん!
 昨日の、お怪我は大丈夫でしょうか?!」

「・・・怪我?」

父さんが隣りから不審そうな目をこちらに向けているのが分かる。

「何でもないよ。
 ・・・で?何しに来たんだ?」

オレは、父さんにバレたくない一心で、そっけない態度を取ってしまう。

「あの、お詫びに来ました。
 コレ・・・」

と、ダンボールをオレたちの方へ押しやる。
けっこうな重さだ。
見ると、『栄養ドリンク』と書かれてある。

「あの・・・お詫びの品って、何買っていいか分からなくて・・・
 宮田さん、減量とかされてるから・・・
 それで、色々考えて、お母さんにお小遣い前借りして、コレを・・・」

オレと父さんが、ぽかーん、と呆気に取られてる中、
は突然、土下座し、

「お父さま!
 宮田さんに怪我を負わせたのは私です!
 本当にすみませんでした!!
 もし、これで試合に出られなくなったら、私・・・」

頭を床にこすりつけそうな勢いで謝る。
お父さま、と呼んでるところから、父さんがトレーナーってことは知ってるみたいだ。
隣りの父さんを見ると、まだ、ぽかーん、としてる。

オレはの肩を取り、

「おい、顔上げろよ。
 もういいって。
 怪我も全然大したことないし。
 に謝ってもらう程でもないよ。
 どっちかっつーと、オレの方が悪いしな。」

顔を上げたは、今にも泣きそうだ。

「ほら、立てよ。
 試合前なのはお互い様だろ?
 膝、痛めるぜ?」

の腕を取って、ソファーに座らせた。

「あ、ありがとうございます。」

潤んだ目で、頬を染めて、上目遣いにそう言うに、
不覚にもオレはぐらり、ときた。

いかんいかん。

ぽかーん、としていた父さんは、ようやく正気に戻ったのか、

「・・・一郎、どういうことだ?」

と、訊いてきた。
オレが昨日の出来事を簡潔に説明すると・・・

「このバカモノが!」

と、一喝された。
・・・バカモノなのは、この際、認めるよ・・・

「・・・さん、だったか・・・?」

「あ、はい。
 です。」

「そうか。ちゃんか。
 君は空手家なんだね。
 ボクシングも好きなのかい?」

父さんが、普段は見せないような笑顔で、に話しかける。
ちょっと意外だ。

「はい。
 宮田さんの試合はいつも拝見しています。」

「そうか。ありがとう。
 今回のお詫びと言ってはなんだが・・・」

と、父さんがポケットからごそごそと一枚の紙切れを出した。

「今度の一郎の試合のチケットだ。
 良かったらおいで。」

「!!
 リングに近い席じゃないですか!!
 良いんですか?!!」

が、チケットを握り締めて、嬉しそうに叫んだ。

「あぁ。
 是非、こいつの試合を観に来てくれ。」

父さんが、オレの頭をがしがしと掴む。

「はい!絶対行きますね!」

ありがとうございました、と、は笑顔で帰って行った。

家まで送る、と言ったのだが、
練習の邪魔になるから大丈夫です、と、断られた。

・・・他のファンの子なら、絶対断らないはずだけどな。

オレは苦笑しながら、の背中を見送った。




☆☆☆

宮田君初夢です。
宮田君と共通点があったほうがいいかな、と思い格闘技大好き空手少女にしました☆
ツンデレな宮田君といちゃいちゃ出来たらいいなあ。


↓宜しければ感想などどうぞ♪


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