バレンタイン
今日は2月14日だ。
別に嬉しくもなんともないのに、ファンがジムに押し寄せる。
チョコレートを持って。
試合前では無いから減量を気にしなくてもいいが、
それにしても勘弁して欲しい。
オレは息を吐きながらサンドバッグを叩いた。
「いい加減にしてくれ!」
父さんが怒鳴っている出入り口の方を見ると、
ちらり、と、の顔が見えた。
イライラしていた気持ちが、少し、ほころぶ。
「ちょっと待ってろ」
そう合図すると、こくり、と頷いた。
しばらくすると、ファンの人達は諦めたのか、
潮が引くように居なくなった。
オレは練習を終え、シャワーを浴び、急いでジムを出た。
「よう、お待たせ。」
声を掛けると、嬉しそうに微笑む。
吐く息が白い。
寒い中、待たせちまった、か。
外は寒いから、ということで、近くのカフェに入ることにした。
カフェオレを飲みながら、は、包みを取り出した。
「一郎さん、ハッピーバレンタイン!」
ファンの人達には悪いが、正直、からのチョコは嬉しい。
「サンキュ」
と、包みを貰い、がさごそと開けてみた。
すると・・・・
そこに、チョコレートの姿は無かった。
代わりに、ハートの形をした、キャンドルが。それに、タオルも。
「一郎さん、甘い物食べていいか分からなかったから・・・
だから、チョコの香りのするアロマキャンドルにしてみたんです」
なるほど。
確かに、くんくん、と鼻を近づけると、チョコレートの香りがする。
今はこんなのがあるのか。
「それと、普段から使って貰える物を贈りたいなあ、と思って」
ああ、それで、タオルか。
「サンキュ。使わせて貰うぜ。
ところで・・・」
さっきから気になっていた物について訊きたくなった。
「そっちの包みは、何なんだ?」
の横の椅子に置かれた、紙袋。
外装から、チョコレートショップだと分かる。
オレに、じゃ、ないのか・・・?
「コレですか?チョコレートです。鴨川ジムに持って行こうと思って。
一郎さんのお写真頂いたりしましたし・・・」
途端に、オレは不機嫌になった。
アイツらに持って行くだって?冗談じゃない!
「・・・やめとけよ」
低い声で言った言葉が信じられなかったのか、
はきょとん、とした顔で聞き返した。
「え?」
「他の野郎にチョコなんか渡す必要、ねーよ」
自分でも、醜いヤキモチだ、って、分かってる。
が、面白くないものは面白くない!
「・・・そ、それじゃぁ・・・」
おずおずと、紙袋の中から、チョコをひとつ取り出した。
「コレ、貰ってくれますか?」
頬を少し染めて渡されれば、誰だって貰う。
こんな表情、アイツらなんかに絶対見せたくない!
「あぁ。サンキュ」
オレは躊躇い無く受け取った。
「・・・で、沢山入ってるんだろ、それ?
どーすんだ?」
「一郎さんにこれ以上渡せないと思うので・・・
持って帰って、自分で食べます。
ここのチョコレート、美味しいんですよ。」
にっこりと笑う。
「そうしてくれ。
いいか、この先、誰にもチョコなんて渡すなよ?」
「はい」
「それと・・・減量は気にするな。
からのチョコなら、絶対食べるから。
だから・・・来年からは、ちゃんとチョコな?」
「・・はい」
益々顔を赤く染めたの手元のカフェオレは、いつの間にか冷めかけている。
顔が熱いみたいだから、丁度いいか。
☆☆☆
宮田君は彼女からならチョコでもちゃんと貰ってくれそう。
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