スタートライン
「美月!」
美月や幕の内が通う学校。
せっかくの卒業式だから、と思い、美月の所に寄ってみた。
美月はすぐに見付かった。
校門の近くで、咲きかけの桜をバックに友達と写真を撮っている。
普段の美月も可愛いが、桜と一緒に写る美月は更に綺麗だ。
照れて赤くなった頬に気付かれなければいいが、と、少し危惧しながら歩み寄った。
「一郎さん!わぁ、来て下さったんですね!」
嬉しいです!と、笑顔でオレの手を取り、友達にカメラを渡してちゃっかりツーショットを撮って貰う美月が可笑しい。
その友達と別れ、少し歩くことにした。
寒いのだろう、美月は指先に息を吹きかけている。
オレは美月の手を取り、ぎゅっと握り締めた。
美月と目が合う。
少し驚いた顔だったが、すぐに、にっこりと笑顔を見せてくれた。
「あ、分かった!」
急に、大きく素っ頓狂な声を上げる。
「一郎さん、実は私に会いに来たんじゃないでしょ?」
美月は横目で少し睨む。
オレは少しだけ、どきり、とした。
「あー、当たりだ!
もー、やっぱり。おかしいと思ったんですよね。
私に会うんなら、家に来るとか、いつもの公園で待ち合わせとか、するハズですもん!
・・・幕の内君ですね?」
「・・・美月には隠し事出来ねぇな。
だがよ、美月に会いたい、ってのも、ほんとだぜ。
最後の高校生活、最後の制服の美月。貴重だろ?」
くすり、と笑えば、美月は少し頬を染めた。
「もぅ・・・
幕の内君の用事は、長引くんですか?」
「いや。仲良しとかじゃねーし。
ただ、一応ライバルだからな、海外に行くこと、伝えておこうと思ってな。」
「え!まだ言ってなかったんですか?!
良かったー私言わなくて!」
ちょっと不機嫌になるオレ。
「言わなくていーよ。
つーかさ。今だから言うけど、幕の内が美月のクラスメイトっつーの、けっこームカついてたんだぜ?」
そう言うと、美月は凄く驚いた顔をした。頬どころか、顔中真っ赤だ。
「や、ヤキモチ、ですか・・っ?!
わー、なんか、・・嬉しいです・・・」
美月の案内で、幕の内の家に迷わず辿り着けた。
(つーか、なんで家まで知ってんだ?!ムカつくぜ。)
雪も降ってきたことだし、早めに切り上げて、待たせてる美月のとこに帰るか。
オレは幕の内に海外へ行くことを伝えると、さっさと美月のもとへ戻った。
「え?あれ?もういいんですか??」
きょとん、とする美月。
「ああ、もういいんだ。挨拶は済んだ。」
そうですか、と、今度は美月から手を繋いできた。
もうじき、このぬくもりともおさらば、か。
オレは感慨深く、繋いだ手の力を強めた。
卒業式から数日経った出発の日。
「父さん、空港までは電車かい?」
アパートで最後の荷造りを終え、合流した父さんに尋ねる。
「いや。車を用意して貰った。」
オレはてっきり、ジムのメンバーの車か、タクシーかと思った。
ところが・・・
パッパー
クラクション音が響き、
「行くぞ、一郎。」
父さんに促されて玄関を出ると、そこには、・・・
「?!
美月ッ?!!
な、なんで??」
そう、軽自動車の運転席には美月が居た。
「一郎さん、お父さま、こんにちは。」
オレの戸惑いも無視して、挨拶する美月。
「いや、だからなんで美月が・・・」
なおも詰め寄ろうとするオレの肩を、父さんがポン、と叩いた。
振り返ると、ふっ、と笑った父さんが。
「いい子だな、一郎。」
「~~~ッッッ!!!!
父さんッ、美月と連絡取ってたのか?!」
「まあな。
お前もプロボクサーだ。
万が一の事故などがあった時、私が美月ちゃんに連絡しなきゃならんからな。」
一応、まっとうなことを言う。
「お見送りも兼ねて、運転手もしちゃおうかな、って。」
ほら、早く荷物載せて下さい、と、トランクを開ける美月。
荷物を積むと、オレは助手席に座った。
美月が運転なんて、なんか変な気分だ。
「美月が車の運転とはな・・・大丈夫なのか?」
ちょっと不安になって訊いてみると、
「だ~いじょうぶですよお~!
私、仮免も本免も、一発合格だったんですから!」
いつもの笑顔で返された。
「いつの間に免許取ったんだ?」
受験勉強なんかで手いっぱいだったはずだ。
忙しいのに、よく取ったな、と、感心した。
「ふっふっふ、女子大生のたしなみですよ、宮田君。」
まるで、ホームズみたいな口調で返す。
「女子大生、か・・・
今日は忙しく無かったのか?」
「え?
学校はまだ始まらないし、バイトも夜からですし、問題無いですよ。
・・・なんか、さっきから質問ばっかりですね、一郎さん。」
どうしたんですか?と、問われ、オレはふぅ、と息を吐いた。
都市高速に乗って、ハラハラしながらも(試合よりハラハラする!)無事、空港に到着する。
搭乗時間まで、もうすぐ、だった。
手続きを済ませると、もう、搭乗口に行かないといけない時間になってしまった。
運転までさせて、待たせた美月には、申し訳無い。
「オレ、もう・・・」
「はい。行かないと、ですね。
・・・応援してます!でも、無理はしないで下さいね?」
いつもの笑顔が、少しだけ、曇る。
いつも輝いている瞳には、少しだけ、涙が・・・
オレは、衝動的に、美月を抱き締めた。
きつく、きつく・・・
腕の中の美月は、初めは驚いて強張っていたが、すぐに、ぎゅっとオレにしがみついた。
オレたちは、お互いのぬくもりを忘れないように、記憶するかのように、抱き締め合った。
ポーーン・・・
アナウンスが、搭乗を促す。
名残惜しく、オレはゆっくりと美月から腕を離した。
「行ってくる。
・・・浮気すんなよ?」
「一郎さんこそ!」
ウサギみたいな、少しだけ目の赤い美月と笑い合い、そして、キスを交わした。
オレは振り返らず、搭乗口をくぐった。
後ろは、振り返らない。
美月も大事だが、強くなることが今は重要なんだ。
今は、前だけを向いて。
ここが、スタートラインのように。
「お前もあんなことするんだなぁ?父親の私の前で?」
「うっ、うるさいなぁ!だったらアイツを呼ばなきゃいーだろ!!」
☆☆☆
ついにやってきてしまった別れの時・・・・
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