20回目の誕生日
今日はの二十歳の誕生日だ。
皆で祝うから、と、鷹村さん主催で、パーティーを開くことになった。
本当は、二人きりで祝いたいところだが、あの人の言うことだから仕方無い。
祝勝会などでよく使っている『シュガー・レイ』に来い、と言われている。
オレは練習を早めに切り上げて、シャワーを浴び、
「お疲れ様」と、ジムを出ようとした。
その時・・・
〜♪〜♪〜♪
メールの着信音が鳴った。
からではない。
(こんなオレでも、の着信音は、別にしている。)
誰からだろう?と、携帯を開き、オレは固まった・・・
画像付きメールだったのだが、その画像が・・・
眠っているを襲おうとする、鷹村さんだったのだ・・・
まるで、赤ずきんを狙う悪い狼のように。
本文には、
『早く来ないとオレ様がちゃんを食べちゃうぞーー』
と書いてある。
オレは慌てて鷹村さんの携帯に電話した。
だが、いくらコールしても出ない。
しびれを切らし、今度は木村さんの携帯に電話した。
何コールかすると、木村さんが出た。
「ちょっと!!鷹村さんは?!は無事なんでしょうね?!!」
オレは怒りをぶちまけるようにまくしたてた。
「落ち着けって、宮田。
ちゃんなら、気持ち良く寝てるぜ?」
この落ち着きっぷりが気に喰わない。
「・・・すぐ行きますんで!!」
携帯を切ると、オレは駆け出した。
試合前のロードの時でも、こんなに速度を上げて走ったことはない。
しばらく走ると、目の前にシュガー・レイの看板が見えた。
バーーーン!!!
息を切らしながら、扉を勢いよく開けた。
中で騒いでいた皆が、一斉にオレを見る。
オレは構わず、店内を見回した。
「はぁ、はぁ・・・
・・・、は・・・?」
ボックス席の奥に、寝ているを見つけた。
どうやら無事なようだ。
ほっ、と、安堵の息を吐く。
今度は、あのバカ鷹村を探す。
と、すぐに、店内奥に、しょんぼりと座っている鷹村さんを見つけた。
頭のてっぺんに、大きなコブが出来ている。
恐らく、鴨川会長あたりにでも殴られたんだろう。
いい気味だ。
オレは店の皆に一礼すると、の隣りに陣取った。
すぅ、すぅ、と、寝息を立てて寝ている。
これはオレでもやばい、と思った。
可愛い過ぎる。
鷹村さんでなくても、襲いたくなる気持ちは分かる・・・
オレは無性に腹が立って、チッ、と、舌打ちをした。
すると・・・
「ん・・・
いちろぉ、さん・・・?」
寝ていたが、オレに気付いて起きたみたいだ。
「わぁ〜、いちろぉさんだあ〜〜」
ロレツの回らない口調で、オレに抱きついてくる。
オレは皆の手前、除けようとしたが、上手に抱きつかれた。
「ちょっ・・・
・・・一体、どんだけ飲んだんですか、コイツ。」
目の前に座っている木村さんに尋ねると、
「いやぁ?全然・・・」
「ふたくちも飲んでないと思うよ?
さん、お酒飲むの初めてなんじゃないかなぁ?
高校でも真面目だったし。」
木村さんの隣りに座っていた幕之内も口を挟む。
なにげにクラスメイトだったことを自慢されてるみたいでムカついた。
実際、の前に置かれたグラスには、
なみなみとカクテルが注がれたままだ。
抱きつくからも、アルコール臭はしない。
そんなに飲んでないのだろう。
「・・・で、バカ鷹村さんは?
会長に怒られたんですか?」
冷ややかな目を鷹村さんに向けると、
笑いながら青木さんが出てきた。
「いやーー、傑作だったよなぁ!
宮田、お前もうちょっと早く来れば良かったのに!」
「?」
「ほら、さっき、鷹村さんがメールしたろ?写メ。」
木村さんが話の後を継ぐ。
「あぁ。
あの、クソムカつくメールっすね。」
思い出しただけでも腹が立つ。
「まぁそう言うなって。
あの人なりの茶目っ気だよ。
でさ。ちゃんに、鷹村さんが、
『ちゃ〜ん、オレ様ですよ〜〜』って、言い寄ったんだよ。」
「・・・結局言い寄ったんじゃないスか・・・」
「いや、その後がウケるんだって。
ちゃん、ちょっと目を開けてさ。
『一郎さんじゃない〜〜』って言って、
そして、何したと思う?!」
「?」
「鷹村さんの頭めがけてさ、
踵落とししたんだよッちゃん!!
も〜〜サイコー!!!」
木村さんも青木さんも、大爆笑。
オレもさすがに笑わずにはいられなかった。
なんだ、会長じゃなかったんだ。あのコブ。
「ぷっ・・・
は、蹴り癖がありますからね。」
「そーだったな。
確か、お前も蹴られたんだっけな。」
木村さんが笑いをこらえて応える。
「えぇ、オレの時は回し蹴りでした。
最初のデートの時も、ワンピース着てるのに、足を蹴り上げてましたよ。」
懐かしい、昔の思い出。
オレは、抱きついてるの頭を撫でた。
すると、その手の感触で目が覚めたのか、
むくり、とが起きた。
そして、目の前にあるケーキにフォークを突き刺すと、
大きめにすくったケーキの一切れを、大きな口を開けてもぐもぐと食べた。
まだ完全に目は覚めていないのか、うつろな目をしている。
それでもまた、ケーキをひとすくいすると、今度は、
「いちろぉさん、はい。」
と、オレにフォークを向けた。
「まだ、減量始まってないから、
一口くらいなら、食べられますよね?
はい、あ〜〜ん。」
オレは後ずさった。
こんな大勢の前で、あ〜ん、をしろと言うのか?!
冗談じゃない!
のフォークを避けていると、
の不機嫌な顔が迫ってきた。
「いちろぉさん、・・・なんで食べてくれないんですか・・・
私の、バースデーケーキですよ?」
目がすわってて怖い・・・
オレは覚悟を決めると、
「ひ、一口だけ、だからな・・・」
あ〜〜ん、と、ケーキを食べた。
甘い。
ケーキも甘いが、この行為自体が甘い・・・
オレが食べたのが余程嬉しかったのか、
はにっこり笑って、そして、また、寝息を立てて寝始めた。
口元にはクリームが付いてる。
オレは、自分の口をおしぼりで拭い、の口の周りも、丁寧に拭った。
「・・・なんすか・・・」
周りの沈黙と、好奇の目に耐えられず、
目の前の木村さんに問いかけた。
「・・・いや。なんにも。
ただ・・・お前でも、そんな顔するんだな、と思ってさ。
良い傾向じゃねーの?」
木村さんは、にやり、と、大人な余裕のある笑みをこぼした。
「一郎君、タクシー、拾っておいたから。」
八木さんが気を利かせてくれた。
オレは、を抱えると、
「すみません。
お先に失礼します。」
店内の皆に一礼し、店を後にした。
タクシーに乗る時、久美って子が、皆からへプレゼント、と言って、
大きな花束や(これは木村さんからだろう)、ぬいぐるみなどを持たせてくれた。
ありがとう、と一言礼を言い、タクシーの扉を閉めた。
オレはの家へは行かず、自分の家へとタクシーを走らせた。
(勿論、家には連絡を入れ、外泊許可を取り付けた。)
オレの家へ着くと、とプレゼントを抱えて玄関へと向かう。
「・・・一郎さん・・・」
移動したことで少し気がしっかりしたのか、
さっきよりハッキリした口調でオレの名を呼ぶ。
「ん?」
「・・・ありがとう・・・」
「・・・あぁ・・・」
家の中に入ると、または寝てしまい、着替えることも出来ないまま。
仕方無く、しわになるから、と思い、服は脱がせて、
下着のままでベッドへと横たわらせた。
無防備に寝ているがうらめしい。
オレも一応、男なんだけどな。と、少しだけイラついた。
本当なら、ここで襲いたい気持ちもあるが・・・
それじゃあ、バカ鷹村と一緒になってしまう。
ぐっと我慢して、オレは、と同じベッドで大人しく眠った。
翌朝。
ロードワークの時間に目覚まし時計が鳴る。
オレは慌てて目覚ましを止めた。
を見ると、まだ、寝てるようだ。
ほっ、と一息吐くと、オレは顔を洗い、外へ出た。
昨夜の騒ぎと対照的に静かで、火照った頬に冷気が気持ち良い。
深呼吸をすると、オレは走り出した。
ロードワークを終え、アパートのドアを開けて、オレは驚いた。
「おかえりなさい、一郎さん。」
玄関前のキッチンに立っていたが、振り返り、笑顔で迎えてくれたのだ。
「あ、あぁ・・・ただいま。」
オレは面食らって、ただそう応えるので精一杯だった。
「あの、シャワー、借りました。
あと、これも、借りたんですけど・・・」
は、オレのジャージを着ていた。
「あぁ、いいよ。
悪いな、ロクなの無くて。」
は首を横に振る。
「それと・・・
朝ごはん、作ったんです。
おにぎりと、お味噌汁。
・・・減量、まだでしたよね?
でも、カロリーの高いものにはしてませんから。」
狭いテーブルを見ると、朝ごはんが並んでいた。
オレはテーブルの前に座ると、
「いただきます。」
と、黙々と食べ始めた。
も、オレの目の前で朝ごはんを食べる。
誰かに「おかえり」と迎えられたり、
「ただいま」と応えたり、
ささやかな朝ごはんを一緒に食べたり、
・・・今まで、無かったことだ・・・
忘れていた、いや、忘れようとしていた、平凡な、幸福。
「・・・なんか、いいな・・こーゆーの。」
ふと、口に出てしまった。
「え?」
が、おにぎりを頬張りながら、聞き返す。
「いや・・・
なぁ、・・・
・・・一緒に、暮らさないか・・・」
ずっと以前から、考えていたことを、ついに、口に出した。
オレが真剣な顔で言い出したから、
も、持っていたおにぎりを、皿に戻した。
「・・・嬉しい・・・
最高の、誕生日プレゼントです・・・」
の目が潤んでいる。
オレは内心、ガッツポーズだ。
「・・・でも・・ごめんなさい・・・」
の顔が俯く。
オレは混乱した。
嬉しい?ごめんなさい?なんでだ??
「私、まだ、学生だから・・・
だから、まだ、一緒には暮らせないです・・・
でも、卒業して、社会人になったら・・・
・・・本当は、今すぐにでも、一緒に暮らしたいです。
離れたくないんです。
でも・・・でも・・・」
どんどん、声が小さくなっていく。
の膝に乗せた握り拳が、震えている。
の気持ちが、痛いほどよく分かった。
オレは、を抱き締めた。
「あぁ、分かった。卒業したら、な。」
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