4初デート


今日は、と映画を観に行く日だ。
早めに練習を切り上げて、一旦家に帰り、適当な服に着替えた。
ジーンズにYシャツという、ラフな格好だ。


玄関を出る時、ちょうど父さんが顔を見せた。

「一郎、デートか。」

「・・・デートじゃない。
 ただ、映画を観るだけさ。ブルース・リーの、ね。」

「ブルース・リーをデートで観るのか?
 もっと良いのがあるんじゃないか?恋愛映画とか。」

「・・・向こうからのリクエストでね。ブルース・リーが好きらしいんだ。
 それから・・・何度も言うけど、デートじゃない。」

「相手はちゃんなんだろ?」

「・・・そうだけど。」

「気になる女の子と映画を観に行くことをデートと言うのだ。」

「・・・・・」

オレは父さんとの会話が、なんだか鷹村さんとの会話に思えてきてうんざりした。
行ってきます、と、半ば強引に家をあとにする。


待ち合わせの駅前に着くと、は既に待っていた。
オレも待ち合わせ時間より早めに来たつもりだったが、
どうやらは随分早くに来ていたらしい。

内心、しまった、と思いながら、足早に彼女に近づいた。

近づいて分かったことだが・・・
はいつも以上に可愛くて、他のヤローどもが狙ってやがった。
オレの為に可愛くして来てくれたのか、と自惚れつつ、
そいつらに牽制の睨みをきかせながら、彼女に声を掛けた。

「悪りぃ。待たせちまったな。」

「あっ宮田さん!
 全然待ってないです!来てくれてありがとうございますっ!
 宮田さん、その服似合ってます、カッコイイです。」

がにこにこと笑う。

「サンキュ。」

周りのヤローどもが、悔しそうにこっちを見てる。
ふん!と一瞥し、の肩に手を回し、行こうぜ、と、促した。


少し歩いて・・・
オレはハッとした。

なんてこった!
無意識のうちに、の肩を抱く格好になってやがったッ!!
今更手を放すのも不自然だし・・・
このまま歩くか。

ちら、とを見ると、頬を染めてはいるが、イヤそうなそぶりは見せねえ。
・・・なら、いいか・・・
と、映画館まで、密着した状態で歩いた。

普段、汗臭い男ばかりのジムに居る所為か、
女独特の柔らかさや良い香りがイヤでも意識させられる。

これはデートじゃねえんだ、ただ映画を観に来ただけなんだ。
そう、自分に言い聞かせた。
あくまでも、冷静に。



映画館に着くと、一気にのテンションが上がりまくった。
ポップコーンと炭酸ジュースは必須だ!とか、
ブルース・リーのアクションや業績がいかに凄いか、とか、
まるで女っ気を感じさせない会話ばかり。
父さんには必死に「デートじゃない」と言い訳してきたが、
これじゃあ本当にデートじゃない。
そう思うと、少しガッカリしたが、こんなを見てるのも面白い。

いざ映画が始まると、彼女はスクリーンに魅入り、
その拳は、ギュッと握られている。

オレもこの手の映画は初めてじゃなかったが、
やはりスクリーンで観るというのと、
ブルース・リーの動きが半端じゃないということが、
いやでも興奮をかきたてられた。


「やー、凄かったですね!さすがブルース・リー様ですね!」

・・・「様」まで付いてるよ・・・
鑑賞後。
オレは苦笑しながらの熱弁を聞いていた。

「あの、天井にぶら下がってるライトを蹴り上げるとことか、
 ほんと凄いですよね。尊敬しちゃう!」

そう言いながら、はブルース・リーがやったように、
ためらいなく頭上へと蹴り上げたから、オレは焦った。
は、ワンピースを着ているのだ。

「おいっ!バカ!やめろッ!!」

慌てての蹴り上げた足と、舞い上がった裾を抑えつけた。
も気付いたのか、真っ赤な顔をして、

「わっ!ご、ごめんなさいッ!
 つい、いつもの癖でっ!」

癖で蹴り上げるなんて、勘弁して欲しい。
・・・まあ、分からなくもないけどね。

「ったく・・・
 癖が出るんなら、ワンピースなんか着てくんなよ。」

オレが呆れ顔でそう言うと、一瞬、の顔が泣きそうになった。
そして、苦笑いで、

「そ・・そうですよね・・・ごめんなさい・・・
 あの・・・でも・・・
 ・・・でもですね、私、
 ・・・宮田さんと一緒にお出掛け出来る、って舞い上がっちゃって、
 いつもより可愛い格好したいな、なんて、思っちゃって・・・」

最後の方は、今にも泣きそうで、言葉も聞こえないくらい小さくなっていってた。

や、ば、い。
やっちまった感、満載だ。

「わ・・悪かったよ!
 その・・・似合ってるぜ、その格好。
 だからさ、もう、足上げんじゃねーぞ。」

はい、と、蚊の鳴くような声で返事が来た。



映画館を出ると、もう、夕暮れ時だ。
それに、腹も減ってきた。

「よう、何か食べてくか?」

「えっ、いいんですか?!」

さっきまでの落ち込みは嘘のように、
ぱぁっ、と笑顔になる

「まだ時間あるし。どっか行きたい店、ねえか?」

「あっ!あのですね、学校のお友達が、とっても美味しいラーメン屋さん教えてくれて。
 でも、一人で入る勇気がなくって・・・
 あっ、でも、減量とかあってラーメンは無理ぽいですか?」

オレは苦笑した。
これくらいの年頃の女といったら、普通、
オシャレなカフェとかイタリアンとかを希望するはずだ。
他の女と全く違うを、オレは好ましく思った。

「OK。ラーメンでいいよ。
 で、何処だ?そのラーメン屋。」


ラーメン屋、てとこで、気付くべきだった・・・
着いた先は・・・


「へい、らっしゃい!
 ・・・て、え?!宮田?!!」

「・・・こんばんは、青木さん・・・」

オレはうんざりした顔で挨拶した。
まさか、本当にここを指名するとは・・・

「あれっ?お前・・・女連れかーーッッ??!!!」

オレの後ろから入ってきたを見て、青木さんが悲鳴を上げる。

「・・・・・」

オレは黙ってテーブル席に着くと、も、青木さんに向かってお辞儀をし、
オレの向かいの席に座った。

「ね、宮田さん、お知り合いですか?」

「・・・元、ジムメイト。」

「へぇ〜そうなんですね、知らなかったぁ!」

そう言うと、はメニューを手に取り、眺め出した。
オレはその隙に青木さんに睨みをきかせた。
・・・だが、それは既に遅かったのだ・・・


オレたちがラーメンを食べていると、遠くの方から聞き慣れた、
今は聞きたくない歌声が聞こえてきた。
・・・その歌声は、こっちに向かってくる・・・

「オレのパンチはダイナマイトーーー♪
 ぶんぶんぶんーーー♪」

や、ば、い。
今、一番会ってはいけない人物だ。

「お、おい、
 出ようぜ。」

オレは食べかけのラーメンもそのままに、
いそいそと立ち上がった。

「・・・?
 どうしたんですか?まだ食べかけですよ?」

きょとん、と、首をかしげながらも、ちゅるり、とラーメンをすする。
ちくしょう、可愛い。

「そーだよ、なんだよ宮田ぁ、残すなよ〜〜」

後ろから青木さんがプレッシャーをかけてくる。
くそう、早く逃げ出したいぜ!

そう気をもんでると・・・・

ガラリ!!

「やあやあ!
 おやぁ〜〜?
 宮田君じゃないかぁ〜〜〜偶然だなぁ〜〜。
 おやおやぁ〜〜?
 そちらはもしかして〜〜彼女かなぁ〜〜〜???」

くっそー。
今、一番会いたくない人物、鷹村守がどかどかと入ってきた。
後ろには、木村さん、それに幕之内までいやがる。
青木さんめ、鷹村さんに電話したな・・・
全然偶然じゃないくせに、わざとらしいぜ、鷹村さん!

3人は、オレたちのテーブルにくると、にやにやとオレとを交互に見つめた。

「あの・・・」

一番に口を開いたのはだった。

「私、宮田さんの彼女じゃありません。」

・・・し〜〜ん・・・
その言葉に、一同、声を失う。
だが、オレが一番ショックだった。
そりゃあ、付き合ってはいないが・・・
こうも皆の前でキッパリと否定されると、正直、胸が痛む。

「へ〜〜、そ〜なの〜〜〜」

鷹村さんがにやにやしながら、の隣りに腰掛けた。

「でも、彼氏は居るよねぇ〜?」

ムカつくが・・・
ナイス質問だぜ、鷹村さん!

「えっ?!い、いません彼氏なんて!
 ずっと、空手ばっかりで・・・
 こんな空手バカとお付き合いしてくれる男の人なんて、いませんよ。」

が、顔の前でぶんぶんと手を振る。
その言葉に、オレは内心ほっとした。
・・・彼氏、いないんだ・・・

「じゃあ、オレ様と付き合おうよ〜」

の肩に、鷹村さんが手を掛けようとする。
瞬時に、オレは立ち上がり、

「鷹村さんッやめろよッ!」

その手首をグイッと掴んだ。
ギリギリとオレの指が鷹村さんの手首に喰い込む。
オレと、鷹村さんとの、睨み合い。
木村さんと幕之内、それに青木さんも、息を飲んでオレたちを見てる。

「あの・・・」

また、オレたちの沈黙を、が破る。

「私、あの・・・もし、お付き合いするなら、
 ・・・み、宮田さんが、・・・いいです・・・」

顔を真っ赤にしながら、おずおずと、俯いてそう呟いた。
これには・・・さすがのオレもKOだった。

は、慌てて残りのラーメンをすすると、

「な、な〜んて。あはは・・・
 お、お手洗い、行ってきますね。」

その場を一時退散した。


・・・し〜ん・・・

オレはゆっくりと鷹村さんの手首を放した。

「・・・おい、宮田。」

鷹村さんが、いつになく真剣な表情で切り出す。

「あの子・・・間違いなくお前のことが好きだな。
 もしかしたら、て思ってたが、ビンゴだ。」

「?!なんスか、その口ぶり。
 まるで、以前から知ってるような言い方じゃないですか。
 とは初対面じゃないんスか?!」

オレはちょっと腹が立ってつっかかった。

「あぁ。会うのは今日が初めてだ。
 だが・・・」

「噂は、こいつから聞いてるんだよ。」

木村さんが鷹村さんの言葉の後をとって、そして、
こいつ、と、幕之内を指差した。

「・・・幕之内が・・・?」

「あ・・あの・・・
 黙ってようと思ってたんだけど・・・
 鷹村さんたちにバレちゃって・・・」

くそう、こいつが元凶かよ。
バレるなよ。

「ほんと、ごめんね。
 ボク、さんとクラスメイトなんだ。
 それで、さんに、宮田君の試合ビデオ貸したり、
 ジムに残ってた、宮田君の写真をあげたりしてたら、
 鷹村さんたちに見付かっちゃって・・・」

「オレの・・・写真・・・?!」

驚いて聞き返すと、

「ほら、試合前、対戦相手や記者さんに渡す顔写真とかがあるだろ?
 あれが、何枚か残っててな。
 もうどうせ要らんだろ、ってことで、彼女にあげたのさ。
 欲しい、って言うからよ。」

木村さんがフォローに入る。

オレの写真を、が、・・・欲しがった・・・。
その事実が、オレを舞い上がらせた。

「だからよ、宮田。」

鷹村さんが、また、真剣な眼差しでオレを見る。
睨む、と言ってもいい。

「ただのファンだ、と割り切るか、それとも、自分のモンにしちまうか。
 だがな・・・誰にも触らせたくねえんだったらよ。
 自分のモンにしなきゃだろ。
 ・・・チャンピオンベルトみてえによ。」

その例えが、鷹村さんらしい、と思った。

オレは黙って残りのラーメンを平らげ、
がたり、と席を立ち、鷹村さんたちに背を向け・・・

「・・・分かってますよ。
 ・・・誰にも渡すつもりはありませんからね・・・」

そう、背中越しに言い捨てると、青木さんに会計を済ませ、
戻って来たを促し店を出た。

が、店内に居るメンバーに律儀に挨拶する。

「青木さん、ラーメン美味しかったです!
 また来ますね!」

「おう!いつでも来いよ。」

「鷹村さん、木村さん、失礼します。
 幕之内君、また明日ね。」

「「お〜う、またな、ちゃん!」」

どさくさに紛れて、名前で呼ぶ鷹村さんと木村さん。
どうだ、羨ましいだろう、と言わんばかりの顔が腹立つ。

「うん、さん、また明日、学校でね。」

幕之内にも腹が立つ。
こいつのせいで・・・
しかも、「また明日」だと・・・
オレが言えないことをぬけぬけと・・・

オレはムカつく気分を抑えつつ、
の家へと向かった。



「今日は本当にありがとうございました!
 ラーメンもご馳走になっちゃって・・・すみません。」

の家の玄関先。

「あの・・えと・・・」

が、もじもじと顔を赤らめて、俯きつつ、何かを言いたそうにしている。

「・・・今度は、オレが行きたいとこに付き合って貰ってもいいか?」

オレの言葉に、はパッと顔を上げ、にっこりと笑い、

「はい!勿論!」

嬉しそうに返事をしてくれた。

じゃあな、と、の家をあとにする。


今日あった出来事を思い出し、
舞い上がる気分を落ち着かせるよう、走って家へと向かった。



「おう、一郎。
 どうだった?デートは。」

翌日、父さんのしつこい「デート」攻撃が待っていた・・・・
なんでこんな大人ばっかりなんだ、オレの周りは・・・・



☆☆☆

宮田君と初デート♪
きっと、宮田父も息子の普通の青春を望んでるんだと思います☆


↓宜しければ感想などどうぞ♪


【戻】