遊園地


「短大、合格しましたッッ!!」

嬉しそうなの声が、受話器から漏れる。
オレは、自分でも予想以上の安堵の溜め息を吐き、

「おめでとう」

そう一言述べた。


・・・そろそろ、伝えても良い時期なのかもしれない・・・

オレはそう決意すると、受話器を握る手の力を強めた。

「なあ、
 合格祝いに、何処か、行かないか?
 例えば・・後楽園遊園地、とか。」

オレの申し出があまりにも意外だったようで、受話器越しにも驚きが伺える。

「実はオレ、後楽園ホールには勿論、何度も行ったことあるけど、
 遊園地には行ったこと無いんだ。だから・・・」

「う、嬉しいです!!わぁ、何着て行こう・・ッ・・
 是非、行きたいです!!」


と、いうことで、次の日曜日、合格祝いを兼ねたデートをすることになった。

・・・オレの目的は、勿論、の合格祝い、だが・・・
もうひとつ、・・・の悲しむことを伝えなければならない・・・
それを思うと、心苦しかった。



日曜日。
案の定、可愛くワンピースでオシャレしたが、待っていた。

「いつも待たせて悪いな。」

「そんなことないです!誘ってくれて、本当に嬉しいです!」

オレが手を差し伸べると、ちょっと恥ずかしがりながらも、握り返してくれた。


「何、乗る?」

尋ねると、真っ先に示されたのは、やはり、と言うべき、ジェットコースター。

「行きましょ!」

オレはに引っ張られるようにして、ジェットコースター乗り場へ走った。


それからは、あらゆる遊具に乗り、少し疲れたオレらは笑顔で、ベンチに腰掛けた。
手には、ソフトクリームを持って。

「えへへ、すっごい楽しいです!!」

オレの真意を知らず、手放しで喜ぶに、胸が痛む。

「しっかし・・あの英語の成績で、よく合格したな?」

「もう!!いじわるですね、一郎さん!
 ・・・一郎さんのお陰ですよ。スパルタが効きましたね!」

ふふっ、と笑う
・・・いつまでも、この笑顔を見ていたい、と思った。


それから、軽めの昼食を摂り、また、色んな乗り物に乗った。
気が付くと、夕陽が目につく時間だ。

「なぁ、。観覧車、乗らないか?」

意外な申し出だったのだろう。
少し驚いた顔をして、それでも、笑顔で、「はい!」と応えた。


オレは、最初から、伝えるには、周りがうるさくない、観覧車で、と決めていた。
ここなら、邪魔は入らない。心臓がばくばく、うるさい。
乗り込むと、もう、後へは引けない。そう、覚悟を決めた。

ゆっくりと昇り、街全体がオレンジ色に染まっているのが見える。

「わぁ、綺麗!ステキですね!」

・・・喜んでいるに、これから、残酷なことを伝えなければならないのか・・・
オレはいつになく憂鬱だった。


「なぁ、。ちょっと・・聞いて、くれるか?」

「?」

きょとん、とした顔が、可愛い。

「オレ、さ。・・・卒業したら、・・・海外に行くんだ。」

伝える声が、震える。
・・・悲しむか、泣き出すか、それとも・・振られるか・・・、そう、予想していた。
・・が・・・

「海外遠征ですか?!凄いじゃないですか!!何処に行くんですか?」

この反応には、ちょっとビックリした。

「あ、・・アジア方面に・・・」

「そっか!世界の前に、アジアをねじ伏せるんですね!!
 で、どれくらい、むこうに行くんですか?」

ねじ伏せる、のところで、空手家らしく、ぐい、と腕を捻った。

「・・・分からねぇ。・・・半年か、一年か・・・
 それか、もっと、かかるかも知れねぇ。
 ・・・強くなるまで、だ。」

「凄いです!!武者修行、みたいなものですね?!
 私、待ってますから!
 いっぱい修行して、いっぱいパワーアップして、帰って来て下さいね!」

オレの手を握り、にっこりと笑う

「・・・寂しく、ねーのか?」

「っ!!・・・そりゃぁ、寂しいですけど。
 でも、一郎さんが決めたことですし。
 強くなる為ですから!!
 私、全力で応援してますよ!!」

少し潤んだ目で、しかし、にっこりと笑う
自身も空手をやっていたからなのか、強さへの追求は、よく理解してくれているのだろう。
オレは、不覚にも、ほっとしてしまった。


観覧車を降りると、既に夕闇が迫っていた。
オレ達は遊園地を後にして、を家に送って行った。

「今日は楽しかったです!
 海外に行くので、忙しいかも知れませんが、また、誘って下さいね!」
そう言ったの顔は、いつも通りの、穏やかな笑顔だ。

「あぁ。そうだな。時間見つけて、また、会おうぜ。」

じゃぁな、と、背を向けると、いつまでも、が見送ってくれているのが分かる。
知らず知らずのうちに、ふと、笑顔になっていた。


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「あら?今日は早いのね?
 宮田さんとのデート、楽しかった?」

の母である私は、玄関で慌ててパンプスを脱ぐ我が娘を眺めた。
普段は、宮田さんの話を矢継ぎ早にしてくるのに・・・
今日は、様子が変だった。
普段は揃える筈のパンプスも脱ぎ捨て、顔を俯かせ、一目散に自室へと飛び込んだ。

?どうしたの・・・?」

部屋のドアをノックしようとして・・・手が止まった。

・・・号泣、している・・・

宮田さんとお付き合いするようになって、以前より明るくなったし、
空手以外のことで、こんなに号泣するなんて・・・珍しくて・・・

私は、嫌な予感がした。
もしかして、宮田さんに、振られたのでは・・・?!
玄関先では笑い声がしていたみたいだけど、でも・・・


いけないと思いつつも、つい、宮田さんのお父さんへ、電話を架けてしまった。

『はい、宮田です。』

宮田さんのお父さんは在宅だったらしく、すぐに出て下さった。

「こんばんは。です。の、母です。
 あの・・・こんなことお伺いするのはどうかと思ったのですが、気になって・・・」

『どうかされましたか?まさか、一郎が何か?!』

「いえ、それはどうか分からないのですが・・・
 一郎君とのデートから帰って来るなり、普段といつもと様子が違ってて。
 出掛ける時には喜んでたのですけど、今、・・・泣いてるんです。大声で・・・
 それで、・・もしかして、一郎君に振られたんじゃないか、と心配になって・・・」

『あぁ・・・』

宮田さんのお父さんの声が、少し、沈んだ。

『一郎、卒業したら、アジア方面に海外遠征するんですよ。
 期間は決まっていなくて、1年か、もっとかかるか・・・
 多分、その話をしたんでしょうね。
 ちゃん、短大に合格した、と言ってましたから、頃合いを見てたんでしょう。』

私は、納得した。

「そうだったんですね・・・
 どうりで。
 玄関先では、笑い声が聞こえていたから、きっと、一郎君はこのこと、知らないハズです。」

『・・でしょうな。とんだ愚息で申し訳無い。』

「いいえ、とんでもない!
 あの・・・このこと、一郎君には内緒にしていてくれませんか?
 別れ際まで笑顔でしたから、きっと、あの子も、泣いてたことなんか知られたくないと思うんです。」

『分かりました。
 しかし・・・気丈なお嬢さんですな。
 お陰で、一郎もボクシングに専念出来ます。
 ありがたいやら、申し訳無いやら・・・
 ・・遅くなりましたが、短大合格、おめでとうございます。』

「ありがとうございます。
 一郎君のお陰で、どうにか進学出来ました。」

私と宮田さんのお父さんは、しばらく世間話をした後、受話器を置いた。

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オレはそんなことも露知らず、本当にほっとして、部屋で軽くジャブを放った。
が彼女で良かった、と、何も知らず、むしろ浮かれ気分で。


☆☆☆

宮田君は何も知らなくていい。
きっとずっと後になって知るんだ。

↓宜しければ感想などどうぞ♪


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