優しすぎる狼3
ヴォルグさんがお隣りに越して来て、数ヶ月が経った。
何度かヴォルグさんの試合のチケットを頂いて、見に行ったけど、
普段の温厚な彼からは想像もつかないような凄まじいファイトを見せつけられて驚いた。
なんとしてでも勝つ!という、貪欲な姿勢が意外で。
でも、一緒におしゃべりしている時は、本当に優しくって、
そのギャップがまたたまらない。
ボクシングをしている時のヴォルグさんを見て、更に、大好きになっていった。
RRR・・・
今日は、同級チャンピオンの防衛戦を観に行く、ということで、お留守のヴォルグさん。
会えない夜を寂しく過ごしていると、電話が鳴り出した。
・・・誰だろう?
まさか、ヴォルグさんかな?!
ドキドキ期待しながら受話器を取る。
「ハイ、ですけど?」
『あ、あの・・・すみません。
さんの、お宅でしょうか?』
聞き覚えのない、おどおどした男性の声。
一体、誰だろう?
・・・早く切りたい・・・
「・・・はい。ですけど?」
私、ちゃんと名乗ったよね?
なんでまた聞き直すんだろ?
『あぁ、良かった!
あのですね、ボク、幕之内一歩と言いまして。』
「・・・はぁ・・・」
・・・なんか、聞いたことあるような名前だけど・・・
イマイチはっきりしない言い方に、なんだかちょっとイラッとする・・・
『あの、ヴォルグさんの代わりに、電話してます。』
その言葉に、私は姿勢を正した。
「えっ!!
ヴォルグさんに、何かあったんですかっ?!!」
『いえ、そういうわけじゃ・・・
あのですね、帰り道が分からない、と言ってまして。』
あぁ、ヴォルグさん、方向音痴だから・・・
試合を観に行って、迷ったのかな?
でも、トレーナーのラムダさんも一緒の筈じゃ??
「あの、一緒の人は?」
『はぐれた、と言ってます。
電車で帰りたいみたいなんですけど、どうもハッキリしなくて・・・』
「あの!
ヴォルグさんと、お電話、代わって貰えますか?!」
『え?あ、はい・・・』
幕之内という人の声が消え、代わりに、
『・・・?』
大好きなヴォルグさんの声が受話器から聞こえてきた。
もう、それだけでしあわせになる・・・
「ヴォルグさん、私です。です。
電話してくれて、ありがとうございます。
あの・・今、後楽園ですか?!」
『ハイ。そうでス・・・
よく分かりましたネ。』
確か、試合が後楽園である、って言ってたもん。
「すぐに迎えに行きますから!
後楽園の駅前で待ってて下さい!!」
私は返事も聞かずに、受話器を置くと、
大急ぎでジャケットを羽織り、家を飛び出した。
後楽園駅の改札口を出ると、もう、人はまばらだった。
きっと、今日も大盛況だったのだろう。
地面には、パンフレットやチラシやゴミが、いっぱい散らばっている。
私がヴォルグさんの試合を観に行った時も、凄い人だった。
でも、そんな大勢の人たちも、今は見る影も無く。
少ない人たちの中を、私はヴォルグさんの姿を探し、歩いた。
「ヴォルグさーーん・・・」
何度か呼ぶと、
「ーーこっちデスーー」
後ろの方で、声がした。
声の方を見ると、ヴォルグさんが背伸びをして、私に手を振ってくれている。
ヴォルグさんの姿を見つけただけで、私の胸は高鳴った。
その後ろには、小柄な男性がベンチに座ってる。
「あぁ、良かっタ!が来てくれテ!」
私が駆け寄ると、ヴォルグさんは私の手を取り、嬉しそうに笑った。
うわ・・なんか・・・私も嬉しいです。
私は、真っ赤になった顔を隠すように、俯いた。
「、この人は幕之内選手でス。
今度、ボクと試合しまス。」
ヴォルグさんが、後ろの幕之内さんを紹介してくれた。
この人、ボクサーだったんだ・・・意外。
・・・絶対、ヴォルグさんが勝つだろうな・・・
「初めまして。
です。
お電話頂いて、ありがとうございました。」
私はぺこりとお辞儀をした。
すると、幕之内さんもぺこぺことお辞儀を繰り返し、
「いや・・とんでもない!
ヴォルグさん、困ってたみたいだったから・・・
あの・・・ヴォルグさん、素敵な彼女さんですね。」
と、ヴォルグさんにとんでもないことを言い出した。
言われたヴォルグさんは、驚いた顔をして、
「ち、違いますヨ、幕之内!
は恋人じゃありませン。」
思いっきり否定した。
・・・なんか、ガッカリ。
「は、ボクの大切な友達でス。」
ネ?と、私に笑顔で同意を求めるもんだから、
私もつられて、こくり、と頷いた。
それじゃ、と、幕之内さんに別れを告げると、
私とヴォルグさんは、帰路に着いた。
「本当に助かりましタ。
ありがとウ、!」
玄関前で、また、お礼を言ってくれるヴォルグさん。
「どういたしまして。
私を思い出してくれて、嬉しかったです。
こちらこそ、ありがとうございます。」
迷子になって、心細い時に、私を思い出してくれたんだ、と思うと、
本当に嬉しかった。
おやすみなさい、とお互い挨拶し、それぞれの玄関へと入っていった。
それからしばらくして。
幕之内さんとヴォルグさんの試合を観に行き、私は驚いた。
てっきり、ヴォルグさんの圧勝かと思ってたのに・・・
残念なことに、ヴォルグさんのKO負けという結果・・・
私は、控え室に行ってもいいかどうか迷い、廊下をうろうろしていると、
着替えを済ませたヴォルグさんとラムダさんが出てきた。
「あっ・・・ヴォルグさん・・・
・・・残念でしたね・・・惜しかったです・・・」
「・・・
観に来てくれて、ありがとウ。
の声援、聞こえたヨ。
次の試合は、勝ちますカラ。
また、観に来てくれますカ?」
少し、哀しそうに笑うヴォルグさん。
「はい、勿論!
絶対、観に行きます!!」
荷物、持ちますよ!と、ヴォルグさんの荷物を引き受け、
私たちは、駅へと向かった。
☆☆☆
伊達戦を観に行った帰りがこんなだったらいいなあ、と。
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