優しすぎる狼8


「おい、一歩。
 には連絡したのか?
 ヴォルグが来日してる、って。」

鷹村はサンドバッグを叩くヴォルグの姿を横目で見つつ、ジムの片隅に一歩を連れて行き、問い詰めた。

「え?
 いや・・・連絡してませんけど・・・」

「なにぃ?!連絡してねえだと?!!」

「いや、僕も、連絡しましょうか?って、昨日、ヴォルグさんに聞いたんですよ?
 でも、迷惑だろうから、いい、って。」

「バカなこと言うな!
 がどれだけヴォルグを好きか、お前も知ってんだろ?!
 絶対会いたいはずだ!
 おまえらと違って、いつでも会えるってわけじゃねーんだ。
 これがラストチャンスかも知れねえんだぞ?
 ほら、連絡しな!」

鷹村が、一歩に電話を押し付ける。
が、一歩は受け取らず、顔を逸らす。

「〜〜〜ッッ!!!
 オレ様が連絡する!!!」

しびれを切らした鷹村は、受話器を取った。


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〜♪〜♪〜

仕事中。
携帯の着信音が響く。

「?誰だろう・・・?」

ディスプレイには、
「鴨川ジム」
の文字が。

「はい?」

『おー!ちゃんか!
 オレ様だ!』

「あぁ、鷹村さん。こんにちは。」

『おう!
 ちょっと急いでるんだ。
 ・・・用件を伝えるぜ?』

いつになく、ありえないほど真剣な声の鷹村さん。

「? はい。」

『ヴォルグが今、ここに来てる。』

「・・・えっ?!」

『ヴォルグが、来日してるんだ。
 今、うちのジムでサンドバッグ叩いてる。』

「ヴォ、ヴォルグさんが・・・」

、お前どうする?』

「い、行きます!!
 鴨川ジムですねっ?!!
 仕事切り上げて、すぐ行きますッッ!!!」

私は思わず椅子から立ち上がり声を張り上げた。
同僚達が不審そうな目を向けるが、それどころではない。

『おう。
 当分帰らねえだろうが、ここから出ねえように見張っとくぜ。』

「ありがとうございます!!」

『いいってことよ。』

私は急いで携帯を切ると、上司に早退を無理矢理とりつけ、
転がるように会社を走り出た。


ヴォルグさんに会える!!!


もう、ただそれだけで私は走りまくった。
スーツのスカートの裾がぐちゃぐちゃになっても、
パンプスの踵が悲鳴を上げても、
髪が乱れても、
道行く人が「なぁにあの人?」と不審そうに見ても。
私はただ、ひたすら、がむしゃらに走った。


鴨川ジムに着くと、サンドバッグを叩く音はもう聞こえなかった。
・・・帰ったのかな・・・
うぅん、鷹村さんは、帰さない、って言ってたし、まだ居るはず!!

乱れた息もそのままに、勢いよく扉を開けると、ギョッとした顔の、いつもの面々。
その後ろに、ヴォルグさんが、驚いた顔をしてこっちを見ていた。

本当に、ヴォルグさんが、居た!!

「・・・・・・?
 どうしテ・・・?」

きょとん、とした顔のヴォルグさんに向かって一直線に突撃!

「ヴォルグさんッッ!!!」

がつん!と、まるでインファイターのような勢いで、
ヴォルグさんに抱きついた。

「ヴォルグさん!会いたかった!会いたかったよぉぉっ!!」

泣きながら、抱き締める腕の力を強めると、
それに呼応してくれるかのように、ヴォルグさんも抱き締め返してくれた。

・・・
 ボクも、会いたかっタ・・・」


私たちを、鷹村さんたちは微笑ましそうに見ていた。

「ほらな?
 だから連絡しろ、って言ったんだ、オレ様は。」

「・・・ですね。
 すみません。」


泣きすぎた私が落ち着くのを、ヴォルグさんは黙って待っててくれた。

「落ち着いタ?」

ジムの隅のベンチで、優しく頭を撫でてくれる。
私は、こくん、と頷いた。

「おい、ヴォルグ。
 そいつ、送ってってくれ。
 いつまでもここでめそめそされちゃ練習にならん!」

鷹村さんが、うっとおしそうに言い放つ。
でも、これが鷹村さんなりの優しさなんだ、って、分かってる。
電話してくれたことといい、本当に、ありがたい。

「そうですネ。
 、帰りましょウ。」

ヴォルグさんは荷物をまとめて、そして、私の手を取った。
あったかい、ヴォルグさんの、手・・・

「鷹村さん・・・ありがとうございます。」

私がお礼を言うと、鷹村さんは、

「気にすんな。」

ガンバレよ、と、見送ってくれた。



「幕之内さんの家に、泊まってるんですか?」

「ハイ。幕之内に預けてたグローブ取りに来たら、道に迷っテ。
 幕之内に偶然会って、それから、泊まらせて貰うことになりましタ。」

ヴォルグさんは苦笑いで話す。
方向音痴は相変わらずだなあ。

「・・・うちに、泊まればいいのに・・・」

ぽつり、と呟くと、

「とんでもなイ!
 、女の子。
 女の子の家に泊まれなイ!」

その言葉に、今度は私が苦笑した。
初めて出会った頃にも、そんなこと言ってたな。
真面目なところも変わってない。


家に着くと、ヴォルグさんには適当に座って貰い、
私は洗面所へと急いだ。
鏡を見ると、案の定、酷い顔してる。
慌てて洗顔をすると、水の冷たさが火照った顔に気持ちいい。



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ヴォルグside


の家に上がると、あの頃のままだった。
なにも、変わっていない。
ボクは懐かしくて、ゆっくり息を吐いた。

ふと見ると、目の前のテーブルに、古びたフォトアルバムがぽつりと置いてあった。
表紙には、ボクとが笑っている、あの時撮ったプリクラが貼ってある。
なにげに手に取り、ぱらぱらとページをめくると、ボクは驚いた。
中は、ボクの写真や、記事の切り抜きばかりだったのだ。
何度も何度も見返しているのだろう、それ程、このフォトアルバムは古くなっていた。

ボクは気になり、部屋の中をぐるりと見回した。
小さな本棚には、ボクシング雑誌が並んでいるし、
その棚の上には、化粧品や鏡と一緒に、ボクの写真が飾られている。
鏡は、別れる時にボクが貰ったものと同じもので、そこにもプリクラが貼られている。
テレビとビデオデッキの横には、
『VOLG』と書かれたビデオが何本も積み重なっている。


ボクは悟った。
は、ボクと別れたあの日、時が止まってしまったのだ、と。


「・・・ヴォルグさん、それ・・・」

気がつくと、が着替えて部屋に入って来ていた。
ボクがアルバムを持っているのを見て、ばつの悪い顔をした。

「あ・・ごめんネ、勝手に見てしまっテ。」

「うぅん、いいんです・・・」

は、お茶を淹れてくれたみたいで、
テーブルにティーカップを並べてくれた。

「いただきまス。」

ボクは一口お茶を飲み一息つくと、ぽつり、と呟いた。

は・・・ボクのことを忘れてると思ってタ。
 いや・・忘れてくれて構わない、と、思っていタ。」

「そんな!
 ヴォルグさんを忘れるなんて、有り得ない!
 私、毎日ヴォルグさんを思い出して・・・」

そこでは言葉を詰まらせ、鼻をスン、と鳴らした。

「私、今、ロシア語習ってるんです。
 お金も貯めてるし、パスポートも取りました。
 絶対、ヴォルグさんに会いにロシアに行こう、って、思ってました。」

ボクは、の固い決意に驚いた。

「・・・どうしテ・・そんな・・・」

「私、ずっとヴォルグさんのこと想ってました。
 出会った時から、今日まで、ずっと。
 だから、あの時、空港で、ヴォルグさんが
 『Я люблю тебя』って言ってくれて、とても嬉しかった。
 すぐには気付かなかったけど、あの後、ヴォルグさんの気持ちを知って・・・」

だんだんと小さくなる声。
でも、ボクの耳には、しっかり届いた。


は、そこまでボクを想ってくれていたんだね。
ボクも、覚悟を決めるよ。


「ねぇ、
 電話を、貸して下さイ。」

「? 電話、ですか?
 携帯でいいですか・・・?」

話の流れが全然違うからか、
不思議そうにボクに携帯を貸してくれた。

ボクは、鞄の中から手帳を取り出し、番号を確認すると、
幕之内の家に電話を架けた。

数コールして、幕之内のお母さんが出た。

「あ、お母さん。
 ボクです、ヴォルグでス。
 今日、ボク、別の家に泊まりまス。
 え?大丈夫です。心配ないでス。
 幕之内にも伝えて下さイ。」

それじゃあ、と言って、電話を切った。
携帯を返すと、が驚いた顔をして受け取った。

「え・・?
 ヴォルグさん・・・
 もしかして、うちに、泊まって、くれる・・の・・・?」

信じられない、というふうに、おそるおそる訊いてくる。
ボクがこくり、と頷くと、は顔を真っ赤にして、
今にも泣きそうな目で、それでも嬉しそうに笑った。
ボクもつられて顔がほころぶ。
の赤い頬に、ボクは手を添えた。

「ねぇ、
 ボクも、のこと、忘れたこと無かったヨ。
 ボクは、今も、を・・・」

ゆっくりの顔へ自分の顔を寄せ、耳元で、

を、愛してル。」

今度は、ロシア語じゃなく、日本語で、はっきりと言うことが出来た。
をそっと抱き締めると、も背中に腕を回してくれた。

「嬉しいです。
 私も、ヴォルグさんを愛しています。」

背中に回された指が、ボクのシャツを握り締めている。

「ねえ、
 もうひとつ、言うことがありまス。
 ボク、アメリカに行こうと思ってまス、近いうちに。」

「えっ・・・」

ボクの胸から、が顔を上げる。
その表情は、こわばっている。

、一緒に、アメリカに来てくれませんカ?」

の目から温かい涙が溢れ、また、ボクの胸に顔をうずめた。
そして、ちいさく、何度も、こくり、こくり、と、頷いた。




☆☆☆

ようやく、再会させることが出来ましたーー☆
絶対幸せにさせてあげたいですーー

↓宜しければ感想などどうぞ♪


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