月と星と 2


倒れた歳三に驚き、慌ててベッドから飛び降り、傍へと寄る

その鼓動を確かめると、しっかり心臓の音が響いていることに安心した。


「良かった・・・生きてる・・・」


は、こぼれ落ちる涙をぬぐうと、
まずは日本刀を歳三の右手から外すことにした。

しっかりと握り固められた指を外すのは難しく、
一本一本、指を取り外しにかかった。

歳三の手から離された兼定はズシリと重く、
これが何人もの人間を斬ってきたのかと思うと少しぞくりとした。

慌てて腰の鞘も抜き、刀を納めた。


ふと顔を見ると、端正な顔立ちが煤などで汚れている。

は濡れタオルを用意し、顔や首元、手などを丁寧に拭き上げた。

そして、客用の布団を押入れから引き出し、よいしょ、よいしょ、と、
歳三を布団の中へと押し込んだ。


ふかふかの布団の中でぐっすりと眠り、一定の呼吸を繰り返す歳三を見て、
はようやく安心した。


ーー・・本当に、本物の土方さんなんだよね・・・


じーっと歳三の顔を見つめる
写真で見知ったその顔は、しかし、写真よりもずっと美しかった。


少し疲労感を覚えたは、
ベッドに入るとすぐ夢の中へと誘(いざな)われた。


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朝。

カーテンの隙間から差し込む朝日に、覚醒したばかりの歳三は目を細めた。


ーー・・・ここは・・・何処だ・・・?

ふかふかの布団に眠るのはいつぶりだろう、と、
頭の片隅で考えながら、戦の疲れの抜けきれぬ体をゆっくりと起こした。

辺りを見回すと、見たこともないような物ばかりに囲まれた中に、
一人の女性・・が眠っていた。


ーー・・・そういえば・・・泣いてたな、こいつ。
  ・・・何者だ・・・?

そう思いながら、の顔を覗き込んだ時・・・

が歳三の気配に気付いたのか、ゆっくりと目を覚ました。


「あ・・おはようございます、土方さん。
 よく眠れましたか?」

寝ぼけ眼をこすりこすり、起き上がった。

その言葉にビクリと反応する歳三。


「!!! 俺を知っているのか??!!」

サッと枕元の兼定を手に取り、ジャキリと鯉口を切る。

「何者だ、貴様!!
 ・・・!!まさかっ、新政府軍の・・・?!!」

「ちょっ・・ちょっと待って下さい・・・!!」

慌てて弁解しようとする

「私はそんなんじゃありません。
 ただの一般市民で。。。って言います。
 ー・・土方さん、有名だから・・・
 というか、私、土方さんが大好きだから・・・
 お顔とお名前、知ってるだけです・・・」

少し頬を赤らめながら、俯きつつ言った。


「は・・・?
 好き、・・って・・・
 俺は、おめぇとは会ったこと無ェ筈だが・・・」

眉をひそめつつ反論する歳三。


「ええ・・・私も・・・お逢い出来るなんて、
 ・・・本当に、想像もしてませんでしたから・・・」

視線を逸らしていたが、
グッと何かを決意したような面持ちで、歳三の瞳をジッと見つめた。


「あの・・・驚くかもしれませんが・・・
 これから言うこと、信じてくれませんか?」

「・・・?・・・」

一層、眉をひそめる歳三。
無言のまま、言ってみろ、と促しているようだった。


「あの・・・実は・・・
 今、ここは、土方さんが戦っていた時代とは違うんです。」

「・・は?
 ・・・時代が・・違う・・・
 ったァ、どーゆーこった?」

「土方さんが居た時、元号は何でしたか?」

「元号?明治2年だったが?」

「もしかして、5月だったりしませんでしたか?」

「あぁ、5月11日までは覚えてるな。
 今日は5月12日じゃねーのか?
 あ、それとも・・もう少し眠っちまってたとか・・・」


ブツブツ言う歳三に、愕然とする


ーー・・・やっぱり・・・
・・・お腹の辺りを気にしてたから、何となく思ってたけど・・・
・・・最期の瞬間に、こっちに来たんだ・・・


「あの・・・実はですね、
 今は、明治のずっと後で、平成、って言います。
 明治、大正、昭和、平成、です。
 今は平成22年で、明治2年からすると・・・
 だいたい150年くらい後にあたります。」

は指を折りながら説明した。


「・・・は?・・・」


想定外のの言葉に、歳三は思考がフリーズした。


「これ、見て下さい。」

は、一冊の本、『新選組顛末記』を歳三に手渡した。

「永倉新八さんが書いた本です。
 永倉さんは、大正まで生き延びてます。
 その、大正の次が昭和で、その次が、現在の平成です。」


歳三は、本の表紙(よぼよぼのこのじじィが新八っつぁんてわけか?!ありえねえ!!)と、
の顔を見比べた。


「いや、・・・いやいや、ちょっと待て!!!
 なんだ、それ。
 どーゆー話だよ、オイ」

信じられない、いや、信じない、といった表情の歳三。


「あの・・・信じられないのはよく分かります・・・
 でも・・・本当なんです・・・」

ボーゼンとする歳三。


「ちょっ・・と・・・、待て・・・・」

ーー・・・何か・・・思い出して、きた気が・・・

そォいや・・・馬上で腹ァ撃たれて・・・
「まだ戦いてェ」って思った気が・・・

てっきりあれが最期かと思ってたが・・・

しぶとく生き残って、ココに来た、っつーことか・・・?


またもや、腹部をさすりながら、ゆっくりと考えを巡らせる。


「・・・あんた。何つったっけ?」

「え?」

「・・・名前。」

「あ・・・です。。」

「ふぅん・・・」


室内を見回す歳三。

本棚の、大量にある『新選組』や『土方歳三』というタイトルに目をやる。


「あの・・・信じて・・・もらえませんか・・・?」

恐る恐る聞く


歳三は、『新選組顛末記』をパラパラめくりながら、

「信じるも信じないも・・・
 実際、そーなんだろーよ。
 ココは、俺の居た所とは全く違っている。
 ・・それは確かだ。」

パタリと本を閉じ、

「ここは、どーゆー時代なんだ?」

の目を見ながら質問する。


は、順応性の高い歳三に感謝しながら、現代社会について話し出した。

「土方さんの居た時代と比べると、戦争もなく、一応平和です。
 まぁ、治安が少し悪かったり、泥棒や人殺しとかはちょっとはありますけど・・・

 あ、日本刀は持てなくなってるんです。
 だから、その、刀は・・・」

「あぁ、そっか。
 じゃあ、持ち歩かなきゃいーんだな?」

「・・・はい・・・
 でも、あまり驚いてませんね・・・?」

「ああ・・・
 明治になってから、日本刀(こいつ)は役に立たない、って身にしみて思ってたからな。
 今は銃が主流だろ、もしかして?」

「ハイ」

ーー・・・さすが土方さんだ。先見の明がある・・・

はどきどきしながら歳三との会話を続けた。


「ー・・・外に、出てみたい。」

「えッ、・・外に・・・」

「あぁ。
 今、日本はどんなもんか、見てみたい。」

「ー・・分かりました。
 でも、その前に・・・
 朝ご飯にしませんか?」

「朝・・ごはん・・・」

「はい。朝餉のことです。
 ご飯、炊いてるんで。
 あと、お風呂も入った方が良いですよね?
 ・・その・・汚れてるみたいだし。」

歳三はそっとお腹をさすりながら・・・

「そうだな」

と、ふっと笑みをもらした。





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