月と星と 5
「あの・・・仕事、行って来ますね。
今日も定時で上がれると思いますから、
昨日と同じ位の時間に帰って来ます。」
「あぁ、分かった。」
「行って来まーす。」
そう言うに、歳三は右手をふりふりと振った。
ジーンズのポケットから、そっと懐中時計を取り出す。
これだけは、いつも肌身離さず持っているのだ。
こちらに来た衝撃でなのか、今はもう動いていないが、
見ているだけで落ち着く。
「『これから』・・か・・・」
に、「これからどうするか?」を尋ねられてから、
何の返答も出来ないまま、約一週間が過ぎていた。
ふ、と、懐中時計から目を逸らすと、その先に、
永倉新八の記した『新選組顛末記』が目に入る。
ーー・・・新八っつぁんが、俺らの墓ァ建ててくれたんだってな・・・
ありがとな・・・
本の表紙になっている、晩年の新八に向かって、そう語りかけた。
ーー・・・俺たちのこと、残してくれて、ありがとな、新八っつぁん・・・
そして、そこから更に目を逸らすと、
『土方歳三』という大判のムック本が目に入る。
ーー・・・しっかし・・・
ほんと、俺らの本だらけだな・・・
そう思いながら、その本を手に取る。
そこには、次のことが書かれていた。
明治2年5月11日・・・
つまり、こちらへ来た瞬間に、歳三は死亡している、ということ。
それから数日後に、幕軍は降伏している、ということ。
その何もかもが、歳三を哀しくさせた。
ーー・・・あんなに必死になって、闘ったのにな・・・
・・・報われたい、なんて思ってやってたことじゃあねェが・・・
・・・それでも・・・
外の明るい陽気とは対照的に、歳三の美しい顔にかげりがはしった。
「『これから』・・か・・・。
戻れるはずもねぇ・・・
もう、既に・・・
死んでンだよ、俺ぁ・・・」
懐中時計を掴む拳に、ぎゅっと力が入った。
-----------------------------------------------------------
の帰宅後。
「なぁ、。
次の休みはいつだ?」
「え?
お休みは・・・明後日ですが・・・」
「ちょっと俺に付き合ってくれねェか。」
「あ、ハイ。・・・何処にです?」
「この時計をな。
修理して、今の時間に合わせるンだよ。」
ーー・・・この懐中時計のように、止まってしまった自分の『時』を、
もう一度、動かせるように・・・
手中の懐中時計をに見せた。
それを、歳三が大事にしていることは、も知っていた。
「!!そ、それじゃ・・・」
「あぁ、・・・考えをまとめるのに時間がかかっちまったが・・・
俺ァ、ここで生きてくよ。
そう、決めた。」
「・・・土方さん・・・」
歳三は、気を逸らすように顔を空へと向けた。
「空は、なんだか汚ねぇなァ・・・
・・・だが・・・
あの、でっけェ月も、
あの、キラめく星も、
・・・今も昔も変わらねぇ・・・」
歳三は、目を細めて、月夜を臨んだ。
-----------------------------------------------------------
2日後・・・
の休日を待って、二人は街の時計専門店へと出掛けた。
店主は、歳三の時計を見るなり、
ほぉぉ、と、感嘆の声を上げた。
「これはこれは・・・大変貴重なお品ですな。
相当古い・・・100年とは言いませんぞ。」
「で、店主。使えるようになるかね?」
「そうですな。
キレイに扱っておられるから、少し整備すれば使えるかと・・・」
「そうか。」
店主の言葉にふっと安堵の笑みをもらす歳三。
この歳三のくったくのない控えめな笑みが、は大好きだった。
しばらく店内で待っていると・・・
「お客さん、お待たせしました。」
「!!して、按配は・・・?!」
店主は黙って、歳三に時計を手渡した。
歳三の掌の中で、カチ、コチ、と、確実に時を刻む音が聞こえる。
「おお・・・」
小さく感動の声を漏らした歳三は、
それをとても愛おしいもののように、優しく握りしめた。
「店主、感謝する。」
が支払いを済ませると、ふたりは店外へと出た。
歳三が、時計を再び眺めている。
「これで・・・
俺も、この世界でやっていけそうな気がする・・・
こいつと、一緒に・・・
・・・そして・・・」
視線を、の方へと向ける。
「・・・、お前と一緒に・・・」
「・・・土方さん・・・」
歳三はふっと優しい目をして笑った。
は、これからどんな大変なことが起きようとも、
必ず歳三を守り抜こうと、心に固く決めたのだった。
→
↓宜しければ感想などどうぞ♪
【戻】